1986年、ゲーセン文化が揺れ動く中で出会った伝説のシューティング『XX MISSION』。
ファミコン全盛期にあえてセガを選んだ筆者が、懐かしのゲームと友人との思い出をゆるっと振り返ります。
昭和の終わりに咲いた、熱きアーケードの記憶です。
1986年、XX MISSIONとわたしの物語

昭和が終わりに差しかかり、バブルの足音が聞こえていた1986年。
ゲームセンターは、それまでの “自由な遊び場” から、法律により営業時間が制限された “管理された娯楽施設” へと変わり始めていました。
その背景には、2年前に施行された風営法改正の影響があります。
ゲーセンは「4号営業」という区分に入り、「18歳未満は夜間出入り禁止」「早く店閉めてね」といった厳しいルールが適用されました。
ただ、風営法以前に地方の条例などで、16歳未満の子どもは夕方以降は保護者同伴でないとゲーセンに入れなかった地域もあったようで、風営法は子供達にはあまり関係ありませんでしたが。
そんな時代、小中学生たちはというと、駄菓子屋に置かれた古びたピカデリーサーカスなどのエレメカゲームや、14インチモニターのミニアップライト筐体に群がって、ラムネをすすりながら順番を待つ日々。
あるいは、自宅のリビングでファミコンと格闘していました。
この年、世界を制したのはファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』。
ピコピコ音に合わせて、世界中の子どもたちが「ジャンプ!ホップ!クリボー撃破!」と夢中になっていた頃です。
でも、わたしはというと…ファミコンを選ばず、あえてセガの『MARK III』を選んでしまい、PlayStation2の登場まで世間の流れから外れておりました。
アーケード界の黄金時代と、裏ボス現る

風営法やファミコンといった逆風が吹いていたにもかかわらず、当時のアーケードゲーム業界は、あなどれません。
むしろ、1986年はアーケードの黄金時代。
セガは『アウトラン』で風を切り、ナムコは『源平討魔伝』で和風ファンタジーを切り拓き、『ファンタジーゾーン』はファンシーな見た目で遊ぶ者の目を釘付けにしていました。
そんな中、登場したのがUPLの縦スクロールシューティング『XX MISSION』です。
ミリタリーテイストで、どこか1984年に登場した『ゼビウス』の現代版といったグラフィックで、非常にとっつきやすそうなゲームでした。
当時のわたしは街を越えていろんなゲーセンに足しげく通っていて、XX MISSIONを見つけたのは、ショッピングモール2Fのゲームコーナーでした。
神プレイヤー降臨!その名は…友達

この『XX MISSION』、最初にプレイしていたのはわたしじゃなくて、当時ゲーセンを一緒にうろついてた友人です。
その彼は、操作が神レベル。わたしとよくゲーセンに出没していたのに、いつの間にこんなにうまくなっているのか。ちょっとジェラシーでした。
そんな彼がプレイすると、あっという間に人だかりができてしまいます。
わたしはというと、隣でコーラ片手に「すげぇ…」とだけ言いながら、魂だけは共に戦っておりました。
彼は、最終ステージを1コインで突破する腕前で、今でもわたしは彼をXX MISSIONの師匠だと思っています。
なお、わたしはというと、いつも2回目のヘリの登場シーンで爆散してました。あのヘリ、ただの敵じゃない。もはや“空飛ぶ理不尽”ですね。

そうそう、1987年に登場したセガの体感ゲーム第6弾『AFTER BURNER』のプレイヤー機がF-14XXと名付けられていたことで、XX MISSIONと何か関連があるのではと噂されたこともありましたね。
F-14への謎の想いと、子どもたちの「機体推し」戦争

XX MISSIONとは直接関係ありませんが、プレイヤー機F-14XXの名前を見ると、わたしが小学生だった頃の“ある派閥争い”を思い出します。
1980年頃、わたしの周りでは「F-15派」vs「F-14派」という、子どもたちの間で熾烈な機体推しバトルが繰り広げられていたんです。
とはいえ、実際にはF-14の存在を知っていたのはわたしだけ。つまり、わたし一人がF-14派として戦っていただけの“孤独な闘争”だったんですけどね。
当時人気だったのは、1978年発売の「BIG・1 GUM(ビッグワンガム)」のおまけ(?)として付いてきたF-15のプラモデル。みんなそれでF-15派になっていったんです。
F-14が子どもたちの間で知られるようになるのは、1980年の「DELUXE BIG 1 GUM」でF-14のプラモデルが登場してからだと思います。
そのタイミングで、かつてのF-15派だった友人たちも「F-14こそ真の覇者!」とばかりに次々と宗旨替えしていきました。
…恐るべし、お菓子の力!
今でもF-14が話題に上がるたびに、あの頃の思い出がふっとよみがえります。
そして毎回、心の中でそっとつぶやくのです。
「俺は、最初からF-14派だった」と。
そして現在。。。

その後、XX MISSIONの移植版は長らく登場せず。
UPLの倒産(1992年)が主な原因ですが、最近になってレトロゲームの再評価が進み、ハムスター社の手によりNintendo SwitchやPlayStation4/5でも遊べるように!
それを知って、さっそくSwitch版を購入…しかし、コントローラーが軽すぎて操作しにくい!
これで、シューティングなんてプレイしたら、ボタンが速攻で壊れますよ…。
それに、画面も小さく、老眼にはキツイ…。
結果として、PlayStation4版を改めて購入し、純正コントローラーでようやく満足なプレイ体験ができました。
でもいざプレイすると、昔あれだけ遊んだのに海上の空母までたどり着けない……加齢による反射神経の衰えを実感。
それでも、『XX MISSION』のスピード感や操作感はやっぱり魅力。
『インベーダー』や『ギャラクシアン』のような“もっさり系”が苦手な自分には、この爽快感がぴったりです。
プレイヤー機がもっさりしていると、ゲームオーバーになったら、イライラしてしまうんですよね。

でも、快適な操作でゲームオーバーになると、自分の責任だと納得できるんですよね。
そういうこともあってか、XX MISSIONはものすごく単純なゲームですが、なぜかすごく熱くなるんです。
ゲームデザインがいいんでしょうね。思い出補正無しでも面白いと思います。
昔の話って、止まらない
というわけで、今回は懐かしのXX MISSIONについて、当時の思い出を語ってみました。
昔話って、一度始めると止まりませんね(笑)。
同じようにこのゲームで熱くなった人がいたら、ぜひ語り合いたいものです。
記事中の『XX MISSION』の画像は、アーケードアーカイブス(HAMSTER)よりPS4版をスクリーンショットしました。

